昼食:ブロッコリ、ゴボウの煮物、アサリの甘辛いため、雑炊、サツマイモ、煮込みコンニャク、焼き鮭、納豆、ホウレン草、味噌汁、めかぶ。
夕食:うどん鍋。
五時起床。
気持ちが落ちていて、身体がまるで動かない。
おそらく花粉症のアレルギー薬の影響もあるのだろう。眠気と気力低下がひどい。
気持ちを奮い立たせようとコーヒーを五杯飲んだが、それでも沈んだままだった。
朝八時半に家を出る。
灰色の空に強風。見ているだけで気持ちが落ちるような天気だ。
彩度の低い公園を散歩する。樹々もまだ色味がない。
それでも枯れ木に近づいてみると、蕾は大きく膨らみ、弾ける寸前だった。
早く春が来てほしい。冬は心を内側に閉じ込める。
空が青ければ、少しは力が戻ったかもしれないが、冬の荒れた公園はかえって気持ちを滅入らせた。
沈んだまま、定番の朝のルーチン作業すらやる気が起きない。
それでも締切は待ってくれないので、パソコンを開いて小説を書き続ける。
今月末締め切りの公募用小説だ。
この日で書き始めて一週間。
原稿用紙換算で二五〇枚まで進み、第一部の第一稿が完成した。続けて第二部のプロットに取り掛かる。
進行自体はほぼ予定通りだが、余裕があるわけではない。
一週間で第二部の第一稿を完成させ、その後は締切までひたすら推敲を続けるつもりだ。
そうすれば今月末の公募締切には間に合うはずである。
ひょっとすると、この気分の落ち込みは執筆の焦りとも無関係ではないのかもしれない。
小説のことを一日じゅう考え続け、布団に入ってもなかなか脳の興奮が冷めない。
頭の回転だけが止まらないまま、一日が終わった。
二三時就寝。
五時起床。
朝のルーチン作業。シャワー、朝食、日記、ブログ更新を済ませる。
八時三〇分に家を出て、業務スーパーへ向かう。
寒気が関東上空を覆っているらしく、晴れてはいるが空気は冷たい。
少し早めに着いたので、スーパーの周囲をひとまわりした。点在するキャベツ畑の横を歩く。畑の上で、鳥よけのタコが飛び回っている。
一〇時前に帰宅。
昨日まで溜まっていた日記をまとめて片付ける。
昼食後は、今月末締め切りの公募用小説の執筆。
遅々として進まない。書いていても全体の輪郭がなかなか見えず、締め切りまでに形になるのか不安になる。
一六時前に外出。
朝とは打って変わって、白く無表情な雲が空を覆っていた。
公園前の図書館で、執筆用の資料を受け取る。
帰りにショッピングモールへ寄ったが、特に何も買わずに帰宅。
夕食後、DVDで映画鑑賞。
『アンジェントルメン』。
ガイ・リッチー監督作。実際の出来事をもとにしているのに、全体にどこか現実離れした軽やかさがある。敵味方の配置ははっきりしているが、味方側も決して清潔な善人ではない。そのあたりの倫理の濁りが、いかにもガイ・リッチーらしかった。
二二時就寝。
定刻の五時に目は覚めたが、眠気というより昨日から続く憂鬱で布団から出られない。そのまま一時間ほど悶々として、六時起床。
朝のルーチン作業。シャワー、朝食、日記、ブログ更新。
Podcast収録に向けて、書籍のあらすじをまとめ、話す内容を考えたり調べたりする。
九時から、絵本作家のつきおかゆみこ氏とPodcast「ホニョムホニョム(本読む本読む)」を収録。課題図書は山中恒『天文子守唄』。最後はやや駆け足になってしまった。
一一時以降は、引き続き今月末締切の公募に出すための小説を書く。
図書館に資料を借りに行こうとして、図書カードの入ったカード入れがないことに気づく。最後に使ったのは、土曜日に公園前の図書館に行ったときだ。
図書館に電話すると「届けられていない」とのこと。キャッシュカードやクレジットカードを止める必要があるが、その前に公園近くの警察署へ向かう。そこで届いていなければ、すぐに使用停止だ。
警察署の拾得物窓口で確認してもらうと、すぐに「ありましたよ」と返ってきた。助かった。
受け取って帰宅する。しばらく生きた心地がしなかった。
帰宅後は、小説を書くための読書の続き。
マーセル・ディルサス『独裁者の倒し方―暴君たちの実は危うい権力構造』。
独裁政権は強固に見えて、実際にはかなり危うい均衡の上にあるのだと理解できた。
夕食後も資料を読み続ける。
二一時半就寝。
六時半起床。
昨夜遅くまで起きていたうえ、花粉症のアレルギー薬の眠気もあって、起床のリズムの狂いが数日続いている。
朝、窓の外を見ると、冷たい雨が降り続いていた。
朝のルーチン作業。シャワー、朝食、日記、ブログ更新。
シャワーを浴びて部屋に戻り、カーテンを開けると、外が真っ白になっていた。
大粒の雪が次から次へと落ちてくる。
あっという間に地面が白くなる。
朝九時から四コマ漫画作成作業。二本完成。
さらに二本分のネームにも手をつけた。
一一時以降は、今月末締切の公募に出す小説の続き。
大まかな筋はできたので、冒頭から細部を描写していく。
時折、足りない部分を補うため資料を読む。
カーテンの隙間から日が差し込む。
雪は溶け、雲間から青空が覗いていた。
一五時、外出。
一五時二四分から、隣町へ七〇分ジョギング。
DIR EN GREY『Withering to death.』を聴きながら走る。
肌寒いかと思ったら意外と暑く、途中で羽織っていた上着をザックに詰めた。
帰り道、道路向かいの樹々を、地平線近くまで降りた太陽が赤く染めていた。
帰宅後、小説の続き。
先のことを考えると気持ちが落ちてくる。頭の中で考えだけが空回りし、作業に集中できない。
夕食後、明日のPodcast収録のため課題図書を読む。
山中恒『天文子守唄』。
一時間ほどで読み終える。四〇年ぶりに読むと、当時よりずっと解像度高く読めて面白かった。
二二時就寝。
タイトル:パーフェクト・ドライバー/成功確率100%の女(←Amazonへのリンク)
公開年:二〇二三年
制作国・言語圏:韓国
監督:パク・デミン
主な関係者:パク・ソダム ソン・セビョク キム・ウィソン チョン・ヒョンジュン
媒体:映画
ジャンル・形式:クライムアクション カーアクション
【ネタバレなし概要】
裏の依頼専門の配送ドライバーが、ある親子を運ぶ仕事をきっかけに、裏社会と権力の両方から追われることになる。見どころは派手な速度そのものより、狭い街路や駐車場の隙間を使った逃走の工夫で、韓国の都市空間を活かした追跡劇として組まれている。
僕はTSUTAYAディスカスにもう一五年くらい登録していて、気になった映画を片っ端からリストに入れている。年間で一〇〇本から三〇〇本は観るから、数年前に登録したこの映画がなぜリストに入っていたのか、もう覚えていなかった。そういう、過去の自分が放り込んだ石が数年越しに戻ってくるような鑑賞には、ときどき妙な当たりがある。この映画はまさにそれだった。
まず感心したのは、カーアクションをアメリカ映画の縮小コピーにしていないことだ。広い道路を高速で飛ばすのではなく、韓国の狭い町、建物が密集した通り、駐車場の隙間、バックを多用しないと抜けられないような窮屈な場所を、そのまま武器にしていた。速さの見世物ではなく、狭さをどう利用するかの知恵比べになっている。だから予算の大小とは別の切実さが出るし、日本でも十分応用できる発想だと思った。
主演のパク・ソダムも、その設計に合っている。日本の感覚だと、いかにも主演らしい華やかな顔立ちではない、と感じる人もいるだろう。だがこの映画では、その少し地味に見える身体が逆に効く。スターの輝きというより、危ない仕事を本当に日常としてこなしていそうな職業感がある。運転の巧さ自体は編集やカメラでいくらでも上手く見せられるが、この映画はそのごまかしを逆手に取って、達人ぶりを神話化するのではなく、狭い空間のなかでどう車体を隠し、どう逃がすかを積み上げていく。車を速さの記号ではなく、都市の隙間を読むための道具として使っている点が面白い。
後半で少年との逃避行に移るのもよかった。ここで映画は、単なるチェイスの反復から、運ぶ相手との関係の映画へ少しずれる。最後は肉弾戦にまで持ち込むが、明るい場所で全部を見せるのではなく、暗闇を利用して身体の動きを曖昧なまま立ち上げる。その見せ方も賢い。開けた場所で英雄的に勝つ映画ではなく、狭くて暗い場所でしぶとく切り抜ける映画なのだということが、最後まで一貫していた。
悪役もよくできていた。単に怒鳴って殴るだけの粗暴犯ではない。黒社会の暴力を使いながら、表向きには行政や警察の顔をかぶって犯罪を隠蔽し、自分から逃げた者を逆に犯人に仕立て上げ、警察権力で追わせる。つまりこの男は、暴力だけでなく制度の物語まで握っている。しかも言葉づかいは丁寧で、譲歩しているように見せた直後に、その約束を平気で破って暴力に移る。その緩急が怖い。表向きの礼儀が逆に支配の道具になっている。ソン・セビョクが演じている。
だからこの映画の緊張は、ただの鬼ごっこでは終わらない。主人公が持っているのは事実だが、悪役は制度を使って公式の現実を作れてしまう。何が真実かではなく、誰が真実を定義できるかの争いになる。そこにまで踏み込むことで、追跡劇に一段深い嫌さが出ていた。
その一方で、終盤からラストにかけては、かなり韓国商業映画らしい癖も出る。ここまで地形、身体、制度、追跡の因果で積み上げてきたのに、最後の最後で観客のストレスを一気に解放するカタルシスへ大きく振る。こういう理屈より気分を優先する外連味(けれんみ)は、僕はあまり好きではない。伏線やギミックに支えられた反転ではなく、説明なしのご都合主義に近いからだ。ただ、この映画は主人公をかなり厳しく追い込み、悪役には制度の後ろ盾まで与えているので、そのまま閉じれば救いは薄すぎる。だから最後だけ因果を緩めてでも出口を作る。その甘さも含めて、商業映画としての機能なのだと思う。
結局、この映画の良さは、派手さそのものではなく、韓国の狭い町でしか成立しない逃走の工夫にある。主演をスターではなく現場の身体として立たせ、悪役を粗暴な怪物ではなく制度の顔をかぶった支配者として作っている。そのあたりはかなりちゃんとしている。終盤の外連味は僕には甘く感じるが、それでも見終わったあとに残るのは、ハリウッドの真似ではない、韓国の窮屈な地形と社会の嫌らしさをきちんとアクションに変えた一本を観た、という感触だった。タイトルはやや安っぽいが、中身は本当によくできている。
朝五時起床。
昨夜は遅くまで外出していたせいか、寝起きが非常に悪かった。
朝のルーチン作業(シャワー、朝食、日記、ブログ更新)。
シャワーで首筋に一〇分ほど熱い湯をかけ続けて、ようやく目覚める粘り気の強い眠気。
窓の外は冷たい雨が降り続けている。
八時から一〇時まで四コマ漫画作成作業。
一〇時から銅版画にするための絵の下描き。
昼食後、新作漫画の下描き。
一四時から児童小説の推敲。
一六時から公募に出すためのSF長編小説のアイデア出し、資料探し。
雨なのでいちにち部屋にこもりっぱなしだった。
夕食後、DVDで映画鑑賞。
『マーベラス』
アジア系ハリウッド女優マギー・Qが主演。彼女が主演する映画を初めて観た。マギー・Qは二〇年前アクション映画でよく観かけたが、そのときぶり。ちょっと歳を取って、女性漫才コンビ「ハイヒール」のリンゴ姉さんみたいになっていた。「リンゴ姉さん頑張ってるな〜」と思いながら観ていた。
DVDのイメージ画でマギー・Qの横に並んでいるサミュエル・L・ジャクソンは二〇分で退場し、ラスト二〇分前に再登場。途中一時間まるまる出てこない。編集上の都合なのか脚本の設計なのか、いずれにせよ「出演の使い方が極端」だった。
面白いところもあるけど総じて凡庸。
映画を観終わったあとぼんやりしていたら時間が経っていた。
二二時前就寝。