日別アーカイブ: 2015年2月11日

【食】15年02月11日

朝食:お握り、ローストビーフとトマトと菜の花のサラダ、サーモンと新タマネギのマリネ、ジャガイモとソーセージ。
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昼食:トマト、サーモンと新タマネギのマリネ、お握り、白菜と豚肉とエノキのミルフィーユ。
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夕食:豆乳にフルーツグラノーラ。
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【日記】15年02月11日 体重61.4kg

焦りに背を押されている。
何を優先順位の一番にすべきかずっと混乱している。

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五時起床。
昨日は相当用意周到に就寝したのだけれども、まだ完全な目覚めというわけにはいかない。
そのまま眠っていたいという欲望に負けそうになる。

八時五分より公園を二六分ジョギング。
花粉症用のマスクとメガネをしながら走る。
寒さで速度を上げて走ると呼吸がはやくなってマスクが鼻に接着して窒息しそうになる。
『ジョジョの奇妙な冒険』の第二部、リサリサのもとでスタンド修行をしているジョジョな気分。
Tangerine Dreamのアルバム「Rubycon」を聴きながら走る。
『2001年宇宙の旅』のモノリス登場シーンの合唱のようなものだけ延々続いている。
ずっと聴いていて変化を感じ取ることができない。

今日も周囲のことに精一杯で、仕事までたどりつくことができなかった。
二二時半就寝。
 

この日ほか記事一覧


【本】『 太陽・惑星』上田岳弘

『ニルヤの島』同様去年末からSF界隈で話題になっていたので読んでみる。
なるほど『ニルヤの島』と似ているところもある。
物語を時系列順に描かず、シャッフルしながら絵を構成するように並べていく。

絵画と違って小説は一度に情報を出すことが出来ないので、時系列がバラバラの情報を線条的に読み取っていかざるを得ない。
頭のなかで再構成しなければならないから厄介だ。

二つの短編が収録されているが「太陽」と「惑星」に直接的な関連はない。
二編とも、物語の最初から最後まで把握している神の視点の誰かが時系列をシャッフルされた状態で提示される。
カート・ヴォネガットと語り口が似ているかもしれない。
「太陽」は叙述そのものにギミックはない。
神の視点である作者が、連想ゲームのように環状に情報をつなぎバランスをとりながらラストまでに読者に伝えなければならない情報を伝達する。
「惑星」は時間軸がバラバラであることにSF的ギミックがあり、それ自体がラストに繋がる。
表現は似ているが方法論は違う、逆に言えば方法論は違うが表現は似ている。
どちらかといえば著者の上田氏の中では表現が先にあって方法論が後のような印象。

内容自体は極めて僕が好きなタイプの小説。
個人的な内面のことと究極の外の世界がアクロバティックなアイデアで結び付けられる。
いわゆるSF小説ではないが、SF的な物の考え方で書かれた小説だ。
SFはもうジャンルでなく、物の考え方になっていることを実感する。

最近、好きなSFなのに理解することができず悲しい思いをすることが多い。
ハヤカワSFコンテストに入選した『ニルヤの島』が理解できなかっただけに、この本は素直に面白く感じることができ嬉しかった。

【映画】『北北西に進路を取れ』

最近よく観ることの多いヒッチコック映画。
既視感のある演出が続くのだが、おそらくこういうものの元祖がヒッチコック映画で、その演出の影響を後世の映画が影響を受けているということなのだろう。
基本、乗車しているシーンの窓の外の風景が合成なのだが(昔のカメラは大きかったから車内にカメラを持ち込むわけにはいかなかった)、解像度が低く安っぽく、車で逃走するドリフの泥棒コントのパロディみたいだった。
実際は逆で、ドリフのコントがこういうもののパロディなのだろうけれど。

架空のスパイに間違えられた主人公が事件に巻き込まれていく話なのだが、
ヒッチコック映画が裏に裏に……展開していくことが常だから、主人公が本当に間違えられているのか、間違えられているふりをしているスパイなのか、
種明かしされるまでよくわからなかった。